聖なる酔っぱらいの伝説

積読削減強化対策中につき。
ドイツ語圏ユダヤ人作家ヨーゼフ・ロートの短編集、読了。
個人的にはマルケスエレンディラにも匹敵する強烈な印象が残る短編集かもしれない。

「あなただったら、わたしのためにニューヨークをすてるかしら?」

この夜、私はことのほかアンナを愛した。自分は彼女のためにニューヨークを捨てたりしないと知っていたからである。

「どのくらい、留守にするの?」

私が戻ってこないなんて、彼女はとうてい思いつきはしないだろう。

「ほんの二日ばかり!」

と私は言った。

「四月、ある愛の物語」より


昔も今も男の人はずるいなあ。私は何度この手にやられて来たのだろう。
とくに1つ目のこの会話。がつーん。
ただ女だって心のどこかでこの問いの答えを知りながら、それでもあえて問うのだ。
時代も場所も関係なく、この何千回も繰り返されて来た男女の会話・・・。
ただ、切ない。


こういう文章が書ける人を文学者というのだなと思う。
3つの短編はそれぞれ全く違うテーマなのだけれど、どれもハッとさせられるような
鮮やかな手際で愛すべき人間のばかばかしい営みが次々と切り取られていく。

あのおぞましいダーウィンによると、人間の祖先は猿だそうだが、どうやらダーウィンのいったとおりのようじゃないか。人間というやつは、民族に分かれたがるだけではまだ足りず、きまった国家の一員でいたいという ー自分たちの国ときたー ザロモン(友達の名)よ、どうだ、わかるか ー一介の猿だって、こんなことを思いついたりはしないだろう。それにつけてもダーウィンの説はまだまだ不十分だったと言わなくてはなるまいね。おそらく猿の先祖をたどっていくと国家主義者にいきつくはずだ。進化してようやく猿が生まれたのさ。ザロモンよ、おまえは聖書を知っているだろうが、あそこにはどう書いてある、神は六日目に人間を造ったとあるじゃないか、国家主義者を造ったとは出ておらんぞ。

「皇帝の胸像」より


うわー。
ユダヤ人ってすごいこと書くなあ、とうならされるばかり。
長編もいろいろあるので挑戦するぞー。
聖なる酔っぱらいの伝説 (白水Uブックス)