mayとcan

夕方になると職場に所長の子供(3才半)が事務所を覗きに来ては仕事の邪魔をしていく。
とてつもなくかわいいので、皆つい許してしまうのだが。
先週、彼にせがまれて鉛筆を削ってあげた同僚Bに、彼は胸をはってこういった。

Du darfst (es) wieder gerne machen!
(You may do it willingly again!)

愚直に訳せば「君はまた、喜んでこれをやってよろしい。」
(=またやっていいよ!)


もちろん、ここは Danke! (Thank you!)というべきところ。
あまりにおかしくて一同大笑い。しばらく、Dankeの代わりに、
またやっていいよ!というのが事務所内で流行っている。


子供はあまりに素直に思った通りに、しかも正しい文法で
大人は絶対に言わないことを言う。おまけに、ドイツ語独特の
gerne(=喜んで)までつけているところが小憎らしすぎる。
(彼の場合、決して助動詞の使い方が分かってないハズはない。
○○していい〜?と聞くときのもったいぶりようったらすごいのだから
絶対分かって意図的に使っているのだ。しかも分かってない振りをしているから堪らない。)


さて、この du"rfen/may と ko"nnen/can の使い方は結構微妙な機微が必要な所。
何々していいか?というときは
日本人的感覚からいうと can でも may でもいい気がするのだが、
ちょっとこのペン使っていい?


というとき、英語でもドイツ語でも May I /Darf ich を使えば
問題ないけれど、なぜか


Can/Could I use this pen?/ Kann/Ko"nnte ich diesen Stift benuzen?


言ってしまいやすい。というのは、多分日本人的には「〜できるかな?」
と聞いた方が気持ち的に遠慮している感じになるので、聞きやすいのだ。
でも、そんな遠慮は実際には無用。こんなことを言えばつねに虎視眈々とつっこみ
どころを狙っている冗談好きなドイツ人から返ってくる答えは

Theoretish(theoretical) Ja (yes), Praktish(practical) Nein(no)... he he he :-)

となる。論理的には君はこのペンを使うことが(能力的には)できるけど、
実際的には使うことができない(僕は許可しないよ)... なわけ無いでしょ(笑)
→もちろん使っていい。


実際にはドイツ人もKann(=can)を使うときも多い。わざと相手に"Kann"を使って
"Ja, du kannst= Yes,you can"を言わせたいときなど。例えば、電話している人に
口パクで聞くとか。kann だと耳に引っかかるから。
can と may を使い分けるタイミングは、子供でなくてもちょっとばかり慣れとユーモア
が必要(笑)


英語圏ではどうなんでしょう?mayには〜かもしれない、の推量の意味もある(ドイツ語の
du"rfenにはない。)し、過去形のmightの使い方はかなり複雑・・・なので、実際には
could I ...? と聞くときの方が多いのかもしれないし、ちょっと分からない。
さっきこのエントリを書くので高校の英文法の教科書をみていたら、


You might post these letters for me?
これらの手紙を出してもらえませんか?


という例文があって、
mightにはCan you... ?の用法まであるらしい。
たかが助動詞、されど助動詞。奥が深いのです。